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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)13196号 判決 1973年10月02日

原告 杉山作太郎

被告 国 外二名

訴訟代理人 真鍋薫 外三名

理由

(原告の被告に対する本件土地の所有権の確認、登記の抹消明渡の請求について)

一  請求原因一、二記載の事実(原告の本件土地所有権の取得および本件買収・売渡処分の経緯等)は、当事者間に争いがない。

二  原告は、本件買収処分は無効であると主張するので、以下その主張の無効事由について検討する。

1  買収令書の交付の手続について

(1)  <証拠省略>および弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 武蔵野町農地委員会は、同委員会において調査のうえ作成した農地台帳に基づいて、本件土地につき昭和二二年八月一五日農地買収計画を樹立したが、そのさい被買収者である原告の住所は、土地台帳に登録されているところに従つて東京都目黒区三田五一番地と認定した。

(二) そして東京都知事は、右買収計画に基づいて本件土地につき昭和二三年三月三一日付で東京都目黒区三田五一番地原告宛の買収令書を発行し、その頃その交付の手続をとつたが、原告は目黒区内に居住しておらず、その現住所を知ることができなかつたため、これを原告に交付することができなかつた(原告に買収令書が交付されなかつたことは、原告と被告国との間に争いがない。)。

(三) そこで、同知事は、自創法九条一項但書の場合に該当するものとして、昭和二四年一二月一日付東京都公報に右買収令書の記載事項を掲載してその交付に代わる公告をし、本件買収処分を了した。

(四) 原告は、昭和一九年頃から昭和二三年頃まで静岡県に居住しており、その後東京都に戻つてからは大田区雪ヶ谷に居住していたが、本件土地に関する公簿上の住所を現実の住所に変更する手続はとらなかつた。

(2)  また、<証拠省略>によれば、武蔵野市農地委員会は、買収対価支払いため、昭和二八年一〇月頃原告の所在を尋ね、目黒区農業委員会にその調査を依頼したが、結局原告の現住所をつきとめることができなかつたことを認めることができる。

以上の事実によれば、処分庁は、本件買収処分を行なうにあたり、古くから課税事務等のために作成され公務所に備えつけられていた信頼性の高い土地台帳に登録されているところに従つて被買収者である原告の住所を認定し、これをもとに買収令書を発行し、その交付の手続をとつたが、原告が同所に居住していないため交付することができず、交付に代わる公告をしたのであるから、その手続は自創法九条一項但書の要件に照らして適法であるといわなければならない。

原告は、本件土地の登記簿上、原告の住所は目黒区三田五四番地となつていた(この事実は原告と被告国との間に争いがない。)から、右住所に買収令書の交付手続をしていたら、必ず原告の手許に到達していた筈であると主張し、原告本人尋問の結果中には、これに添う供述もあるが、果して、当時右三田五四番地宛に差出された郵便物が必ず原告の許に転送され届いていなかつたかにつき、右供述を裏づけるに足る具体的根拠の立証がなく、右供述部分はにわかに信用し難い。

したがつて、本件買収令書の交付の手続に違法があるとの原告の主張はとうてい採用することができない。

2  本件土地を買収の対象としたのは違法であるとの主張について

(1)  原告は、本件買収処分当時本件土地は宅地であつて農地ではなかつた旨主張する。

しかし、買収土地が農地であるか否かの判断は、その当時の現況により客観的に決定すべきものであるところ<証拠省略>を総合すると、本件土地は昭和二二年当時現に亡万吉によつて耕作の目的に供されていたことが認められ、この認定に反する証拠はない。そうすると、右の当時本件土地が農地であつたことは明白である。そして、東京都知事が本件土地につき昭和二四年一二月一日買収令書の交付に代わる公告をして本件買収処分を了したことは前示のとおりであるが、それまでの間に本件土地の現況に変化があつたことをうかがわしめる証拠は何もないから、右処分当時においても本件土地の現況は農地であつたと認むべきである。

したがつて、原告の右主張は採用しない。

(2)  そこで、次に本件土地が小作地であつたか否かを検討する。

(一) 被告大矢は、本件土地は同被告の祖父亡大矢吉五郎の時代に農耕地として借り受け、それ以来代々耕作してきたものであると主張するが、そのような事実を認めるに足る証拠はないから採用しない。

(二) <証拠省略>によれば、亡万吉は、すでに昭和一八年当時本件土地を耕作していたことが認められ、この認定に反する<証拠省略>は信用しない。

ところで、被告国は、本件土地は亡万吉が昭和一九年より前に原告から適法に借り受けたものである旨主張し、<証拠省略>はこれに添う供述があるが、その供述は的確性を欠き信用できず、他にこれを認めるに足る証拠はないから、右主張は採用しない。

(三) 黙示の使用賃借契約の成立

本件土地が、すでに昭和一八年頃亡万吉により耕作されていたことは、前認定のとおりであり、<証拠省略>によれば、原告は、昭和一八、九年に本件土地を見に行つたことが認められ、また、当時は一般に、遊休地をあげて農耕に供する事情にあつたこと(このことは公知の事実に属する。)に鑑みて、原告は昭和一八、九年頃本件土地が何人かにより耕作されていることる充分了知していたものと推認するのが相当である。

また、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和二二年夏頃武蔵野町役場からの呼出状によつて本件土地に赴いたさい、これが耕作されていることを現認し、その直後亡万吉方において、その妻から本件土地を耕作させてもらつている旨告げられたが、「ああそうですか」と答えただけで格別の異議も述べず、同女に自分の住所を教えて、本件土地につき用事があつたら知らせてほしい旨依頼して辞去したこと、同日原告は同町役場に赴き、職員から本件土地については不在地主所有の農地として買収されることが決定している旨を告げられ、その後昭年二四年春頃武蔵野市役所に赴いたさい本件土地が亡万吉に対し売り渡されたことを知つたこと、原告は、その間終始、亡万吉に対し本件土地の耕作につき抗議したりその耕作を阻止し本件土地の明渡を求める等の措置は何らとらなかつたことを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、原告は、昭和一八、九年頃すでに本件土地が何人かにより耕作されていることを知り、ついで、昭和二二年夏頃本件土地の耕作者が亡万吉であることを確知し、しかもそのために本件土地につき農地買収の手続がとられていることを知りながら、当初から全く本件土地の耕作をとがめ、これを禁止する等の意思のなかつたことが明らかであるから、原告は、前示本件土地につき亡万吉が耕作していることを告げられた日にこれに対しその耕作を許容する意思を暗黙のうちに表明したものとようべきであり、同日黙示による使用貸借契約が成立したと認めるのが相当である。

したがつて、本件土地であつたこともまた明らかである。

そうすると、本件土地を買収の対象としたことについて、何ら原告主張のような誤認は存しないから、この点に関する原告の主張は採用することができない。

三  以上のとおりであるから、その主張の事由により本件買収処分が無効であることを前提とする原告の被告らに対する本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなくすべて理由がないといわなければならない。

(原告の被告国に対する予備的請求について)

原告が本訴損害賠償請求の原因として主張する本件買収処分の違法事由は、前示買収令書の交付の手続の違法および本件土地を買収の対象としたことの違法の二点に尽きるものであるところ、前示のとおり本件買収処分には何らその主張のような違法のかどは存しないから、その余の争点について判断するまでもなく、右請求は理由がないことが明らかである。

(結び)

よつて、原告の被告らに対する右各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

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